ちか と つる
「おおだま」と「しずくいし」による、『戦国BASARA』のチカツルについてあれこれ語ったり、二次創作したりするブログです。NLオンリー。腐はどこを探してもありません。
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まだこちらに収納してなかったので、ポイッ。
社会人アニキと甥っ子家康(5歳)と家康が通う保育園の保育士鶴ちゃんのお話です。
これから第2話を書き始めたいと思います!(`・ω・´)
≪ ひだまりたんぽぽ ≫ しずくいし
社会人アニキと甥っ子家康(5歳)と家康が通う保育園の保育士鶴ちゃんのお話です。
これから第2話を書き始めたいと思います!(`・ω・´)
≪ ひだまりたんぽぽ ≫ しずくいし
朝の心地良いまどろみの中で寝返りを打った元親は、そこでふいに意識が浮上して薄目を開けた。カーテンの隙間から明るい陽光が射し込み、埃がふわりと舞っている。朝だ。
そういえば先ほど鳴っていた目覚まし時計――――あとちょっと、と止めてから何分経った?
枕元のそれに手を伸ばし、朦朧とした意識のままに持ってきた目線の先で、突きつけられた現実に元親は一気に覚醒した。
「うっわやべえ!家康起きろ、遅れんぞ!!」
「…んー……?」
傍らで丸くなっているちっこいのを布団から転がり起こし、自身は急いで台所へと向かった。今日は月に一度のお弁当の日だというのに、そんな日に限って寝坊とは。
大小二つの弁当箱に炊いておいた白米を詰め、片方にはふりかけをふる。玉子焼きを焼いている間に、冷凍食品のエビフライとクリームコロッケをレンジでチン。隙間にプチトマトと笹かま、昨日の残り物のきんぴらごぼうを詰めて、あとは冷ましてからぎゅうと蓋を閉めれば完成だ。
果物もつけるつもりで林檎を買っておいたが、時間がないので代わりに一口サイズの小さなゼリーを弁当袋に放り込んで、ロボット柄の黄色い手提げ鞄に入れてやった。
キャラ弁なんて手の込んだものは端から諦めている。許せ家康と心で唱えて、後方を見遣った。寝ぼけ眼でのったりした動きながらも家康が着替えているのを確認して、元親も手早く身支度を済ませる。
自分だけならともかく、五歳の保育園児に朝食を抜かせるわけにはいかないので、パンとスープを流し込んで慌しく家を出た。
「家康、忘れモンねえか!?」
「うん」
「ハンカチ、ティッシュ、着替え」
「ぜんぶもった。もとちか、けーたいは?」
「おっといけねっ!」
世話が焼けるのはどちらの方だか。
長曾我部家の朝は、大抵こうした大騒ぎで始まった。
ひだまりたんぽぽ
一緒に暮らしてはいるが、元親と家康は親子ではない。家康の姓は徳川といい、元親の姉の子供――――つまり甥っ子にあたる。
家康の父は彼が生まれてすぐに事故で亡くなっており、以来母である元親の姉が女手一つで育ててきた。元親はそんな姉を手伝って、家康の面倒をよく見たものだ。母子の家を度々訪れて夕飯を共にしたり、天気の良い休みの日には公園に連れ出して遊んだり。
ささやかながらも穏やかな日々を、三人で過ごしてきたのだ。
ところが一年前、姉は突然病に倒れた。
忙しさにかまけて発見が遅れた病魔は彼女から徐々に抵抗力を奪い、二ヶ月前に夫の下へと眠るように旅立った。よく晴れた日の朝だった。
徳川の義両親も元親たち姉弟の両親も共に他界して久しく、葬儀の喪主は元親が務めた。隣に座る家康は終始大人しく、その強張った顔は幼いながらに必死に現実を受け入れようとしているように見えた。泣かない毅さが痛かった。
火葬を待つ間、繋いだ手は頼りなく、温かく。
この時初めて涙を見せた小さな命を守りたいと、心から思った。
実を言うと、家康を養子として引き取りたいという申し出もあったのだ。相手は信頼のおける夫婦であったし、義理とはいえ両親揃っている方が家康にとっても幸せなのではとも考えた。
だが結局、元親はそれを断った。
自身も肉親を失った身。彼もまた、本当は繋がりを求めていたのかもしれない。
「アニキすんません、お先に失礼しやす!」
「おう、お疲れさん」
掛けられた声に反射的にそう答えてから、元親はパソコンの画面に長いこと集中させていた視線をやっと外した。目を閉じ眉間を指で押さえると、予想以上に疲れを感じる。少し没頭しすぎたか。
先ほどまで夕日が滲んで赤く染まっていた窓ガラスは、いつの間にか色を失い薄闇の中に沈んでいる。腹減ったな、と腹に手をやりながら見上げた壁時計は18時45分を指していて、元親は今朝と同じように飛び上がった。
延長保育は19時までで終了なのだ。厳しい園だと、少しでも時間を過ぎた場合は以後延長保育が受けられなくなることもあるという。幸い、家康を預けている上杉保育園にはそういう規則はなかったが、遅れれば迷惑を掛けることに変わりはない。
慌ててデータを保存し、パソコンの電源を落とす。乱雑な机の上はそのままに廊下へ飛び出し、小走りでエレベーターホールへと向かいながら携帯を取り出した。連絡だけでも先にしておかねば。
呼び出し音三回の後、出たのは弾むような若い女性の声。
『はい、上杉保育園です』
「あ、お世話になってます。たんぽぽ組で徳川家康をお願いしている、長曾我部と申しますが」
『ああ、家康くんの!どうされました?』
「すみません、今からそっちに向かうんですけど、もしかしたら五分くらい遅れ……や、飛ばせばギリギリ間に合うか……?あー、とにかく急いで行きますんで!」
言うだけ言って切ろうとすると、電話の向こうから慌てて何事かを叫ぶ声がする。すんでのところで耳に戻し、続きを促した。
「はい?」
『いけません!急いで事故にでも遭ったら大変です!』
「……はぁ」
『わたしはまだしばらくいますから、そんなに急がなくても大丈夫ですよ。安全運転で来て下さいな☆』
迷惑がられるくらいの心構えでいたのに、随分あっけらかんと言われて調子が狂う。しかしおかげで、時間に追われて切羽詰まっていた心に余裕を取り戻せた気がした。
「じゃ、お言葉に甘えて」
『はい、お待ちしてます♪』
今度こそ携帯を切って、エレベーターの下りのボタンを押す。
――――あ。今の先生の名前、聞き忘れちまったな。
一階からエレベーターが上がってくるのを待つ間、そんなことを考えながら窓の外を見上げるその口元には、いつしか笑みが浮かんでいた。
結局、閉園時間から遅れること十分弱。元親が保育園の前に車をつけると、白と水色を基調としたその建物は不気味なほどの静寂に包まれていた。朝の登園時の賑やかさが嘘のようだ。
半分閉められた門を抜け、玄関を潜る。誰もいない。入ってすぐの、いつも園児たちがお迎えを待っているホールは照明が落とされ、廊下の向こうにぽつんと明かりが灯っていた。
なんとなく大声を出すのは憚られて、元親は靴を脱いで勝手に上がり込むことにした。一歩進む度、靴下越しにひたひたと床の冷たさが伝わってくる。
真っ暗な部屋を二つ通り過ぎ、突き当たりの部屋の前で立ち止まった。引き戸のドアは開け放たれていて、廊下に光の帯が伸びている。それを遮るように立って中の様子を伺おうと身を屈めると、勢い良く出てきた何者かとまともにぶつかった。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
一般成人男性と比べてもかなり体格の良い元親はびくともしなかったが、小柄な相手は反動で吹っ飛びそうになる。咄嗟に手首を掴んで支え、安堵に一息吐いたところで、初めて元親は目の前の人物が女性であることを認識した。
年の頃は二十歳くらいだろうか。焦げ茶色の髪は天使の輪を頂くボブカット、全体的に華奢な体つき。服装はポロシャツ+カーゴパンツにエプロンと、動きやすさ重視の飾り気のないものだったが、纏う雰囲気から育ちの良さみたいなものが滲み出ている。
大きな瞳が印象的で、今は影になって判別できないその色を、何故だか無性に知りたいと思った。
「あ、の……?」
「ん?………っとあっ!?ワリィ、じゃなかったスンマセン!!」
一瞬、完全に素になっていた。
掴んだままの手首を慌てて放し、平身低頭で謝ると、彼女はくすくすと可笑しそうに笑った。
「いえ、こちらこそ。ええと、長曾我部さんですか?」
「あ、ハイ。遅くなりまして」
「お仕事お疲れ様です。家康くん、寝ちゃったんですよ。泣き疲れたみたいで」
「え!?」
予想外の言葉に、元親は耳を疑った。促されて部屋の隅に敷かれた小さな布団を覗き込むと、すうすうと寝息を立てる家康の頬には確かに涙の痕が残っている。
家康というのは本当に手のかからない子で、性格は穏やかで我慢強く、滅多に我が侭も言わない。そしてあの火葬場以来、泣いたのを見たこともなかった。
「泣いたって、なんでまた……」
「いつも遅くまで残って一緒にお迎えを待ってるお友達が、今日は偶々帰りが早くて。多分、それで寂しくなっちゃったんじゃないかと……」
がらんとした部屋の中を見渡してみる。周りが夜に呑まれていく中、ここだけ煌々と明かりが点いている様はまるで取り残された離れ小島のようだ。
友達は次々と去り、迎えは一向に来ない。どんな思いで待っていたのか。
冷水を浴びせられた気分だった。
家康の聞き分けの良さに、胡坐をかいていたのではないか?
知らず知らず無理をさせ、ずっと寂しい思いをさせていたのでは?
後悔の念が渦のように頭をぐるぐると回る。ともすればどこまでも沈んでいきそうな心。
それを掬い上げたのは、柔らかな優しい声だった。
「もとちかさん」
「えっ!?」
「いきなりごめんなさい、あなたのお名前ですよね?家康くんとお話してると、よく出てくるんです」
「ああ、そういう……」
いきなり下の名前で呼ばれて動揺したが、嫌な感じはしなかった。
むしろ――――いや待て何の話だ。
「家康くん、いつもすごく楽しそうに話してくれるんですよ。あなたと何して遊んだとか、どこに行ったとか。それを聞く度にわたし、ああ、この子はたくさんの愛情を注いでもらってるんだなーって思ってました」
「……………」
「大丈夫です。愛情が足りないなんて、そんなことないです。ただ、ちょっと我慢慣れしているところがあるので、ほんの少しだけでも一緒の時間を増やしてあげると良いと思います」
「………あんた、人の心が読めるのかい?」
「ふふ、顔に書いてありましたよ☆」
光の下で見る瞳は、琥珀色をしていた。その双眸を細めて、彼女がふわりと笑う。
綺麗な笑顔だと思った。
「うー…んン?」
衣擦れの音をさせてもそもそと起き上がったのは、噂の張本人だ。まだ半分夢の中にいるのか、布団の上に身を起こした状態で窓の外をぼうっと眺めている。
元親は布団の傍らにしゃがみ込み、逆立った黒髪をわしゃわしゃと無造作に掻き回した。
「起きたか家康ー!遅くなっちまって悪かったな!」
「あっ、もとちか!」
寝起きでぼやけていた顔が、元親を視界に捉えて嬉しげに弾ける。伸ばされた両手の求めるままに抱き上げ立ち上がると、元親は眼下の焦げ茶に深々と頭を下げた。
「ども、いろいろご迷惑おかけしました」
「いえいえ、これくらいバシッと御安いご用ですよ♪」
妙な擬音の使い方と、頼もしげに胸を叩く仕種が可笑しい。可笑しくて可愛い。
胸にじわりと宿る熱に後押しされるように、元親は高らかに言い放った。
「よっしゃ、帰るか!」
「おー!」
玄関口で振られる繊手に片手を上げて返し、車に乗り込む。暗くてその表情までは見えなかったが、きっと彼女は朗らかに笑っているのだろう。
シートベルトを締めるのにもたつく家康を手伝ってやってから、エンジンをかける。シフトレバーをPからDに入れ、ブレーキペダルから足を離す直前にもう一度振り返った玄関。そこには既に誰もいなくて、妙にがっかりしている自分に気付いた。
車が走り出すと、家康が今日の出来事を身振り手振りを交えて報告してくれる。お弁当を全部食べたこと、エビフライが美味しかったこと、新しく習った歌のこと、友達と一緒に砂場で遊んだこと。それに相槌を打ち笑い声を上げ、大いに会話で溢れる車内であったが、信号待ちの間にふっと沈黙が訪れた。
赤い光を見つめながら、元親がぽつりと零す。
「………良い先生だな」
「うん?」
「さっきの……いけね、また名前聞き忘れちまった!名札、つけてたっけか」
「つるちゃんせんせいのことか?」
「おお、あれが“つるちゃんせんせい”か!」
つるちゃんせんせい。家康が所属するたんぽぽ組の担任で、これまで家康の話にも度々登場している人物だ。
しかし実際に会って話したのは、今回が初めてだったりする。というのも、上杉保育園には元親の友人である前田慶次という保育士がおり、朝晩慌しく行われる引渡しは大抵この男を通してやっていた為、接する機会がなかったのだ。
必要なことは、各自持たされている連絡帳に書いてある。それだけでは足りないこともこれから徐々に増えていくのだろうが、新年度が始まって一ヶ月ちょっとの今現在、まだ特に不自由を感じたことはなかった。
そんなわけで、近いようで遠い。けれど遠いようで近い。元親にとって、“つるちゃんせんせい”とはそんな不思議な存在であった。
そういえば、彼女について一度こんな会話をしたことがある。
『なぁ、なんで“つるちゃんせんせい”なんだ?』
『おっほーりせんせいはよくないから、つるちゃんせんせいにしようとみなできめたのだ!』
『えっ、今時の保育園って、担任を園児が決めるのか!?……てか、オッホーイ先生ってナニ人?』
『しらない』
『ふーん。で、その“つるちゃんせんせい”にした決め手は何だったんだ、家康』
『そのほうがかわいいからだ!』
『可愛いのかマジか』
思い浮かべるのは、先ほど会った彼女の姿。
「あー、うん。確かに………うん」
「もとちか、あおだぞ!」
「おわっ!?」
慌てて車を発進させる。後続車がいなくて良かった。
気恥ずかしさから必要以上に注意深く辺りに目を配りながら、ハンドルを右へ切る。出動帰りだろうか、信号待ちの列にサイレンを切った状態の消防車が並んでいて、家康が歓声を上げた。
家康は乗り物やロボットの類が好きだ。男の子なら普通のことなのかもしれないが、元親は機械好きな自分の影響も少なからずあると思っている。元親がバイクの手入れをしていると、その様子を飽きもせず興味津々に眺めているのが良い例だ。
消防車との思わぬ遭遇に興奮しきりの様子に、笑みが零れた。こういうところはとても子供らしいのだけれど。
『ちょっと我慢慣れしているところがあるので』
重い言葉だ。改めて指摘されると、応えるものがある。
しかし、それでも。
「家康」
「ん?」
「明日っから早起きするからな」
「なんでだ?」
「余裕あった方がいいだろ?ゆっくり話もできるし」
「ホンダムごっこもできる?」
「はっは、できるできる」
「やったぁ!」
ほんの少しだけでも一緒の時間を、と彼女は言った。
できることから始めていこう。
家までの見慣れた景色が、窓の外を流れていく。
僅かに開けた隙間から入り込む夜の風はまだ少し冷たくて、吸い込む胸の内、廻る頭の中から澱みを消し去っていくようだ。
何かが動き出した――――そんな予感に心ざわめく、新緑の季節のことだった。
そういえば先ほど鳴っていた目覚まし時計――――あとちょっと、と止めてから何分経った?
枕元のそれに手を伸ばし、朦朧とした意識のままに持ってきた目線の先で、突きつけられた現実に元親は一気に覚醒した。
「うっわやべえ!家康起きろ、遅れんぞ!!」
「…んー……?」
傍らで丸くなっているちっこいのを布団から転がり起こし、自身は急いで台所へと向かった。今日は月に一度のお弁当の日だというのに、そんな日に限って寝坊とは。
大小二つの弁当箱に炊いておいた白米を詰め、片方にはふりかけをふる。玉子焼きを焼いている間に、冷凍食品のエビフライとクリームコロッケをレンジでチン。隙間にプチトマトと笹かま、昨日の残り物のきんぴらごぼうを詰めて、あとは冷ましてからぎゅうと蓋を閉めれば完成だ。
果物もつけるつもりで林檎を買っておいたが、時間がないので代わりに一口サイズの小さなゼリーを弁当袋に放り込んで、ロボット柄の黄色い手提げ鞄に入れてやった。
キャラ弁なんて手の込んだものは端から諦めている。許せ家康と心で唱えて、後方を見遣った。寝ぼけ眼でのったりした動きながらも家康が着替えているのを確認して、元親も手早く身支度を済ませる。
自分だけならともかく、五歳の保育園児に朝食を抜かせるわけにはいかないので、パンとスープを流し込んで慌しく家を出た。
「家康、忘れモンねえか!?」
「うん」
「ハンカチ、ティッシュ、着替え」
「ぜんぶもった。もとちか、けーたいは?」
「おっといけねっ!」
世話が焼けるのはどちらの方だか。
長曾我部家の朝は、大抵こうした大騒ぎで始まった。
ひだまりたんぽぽ
一緒に暮らしてはいるが、元親と家康は親子ではない。家康の姓は徳川といい、元親の姉の子供――――つまり甥っ子にあたる。
家康の父は彼が生まれてすぐに事故で亡くなっており、以来母である元親の姉が女手一つで育ててきた。元親はそんな姉を手伝って、家康の面倒をよく見たものだ。母子の家を度々訪れて夕飯を共にしたり、天気の良い休みの日には公園に連れ出して遊んだり。
ささやかながらも穏やかな日々を、三人で過ごしてきたのだ。
ところが一年前、姉は突然病に倒れた。
忙しさにかまけて発見が遅れた病魔は彼女から徐々に抵抗力を奪い、二ヶ月前に夫の下へと眠るように旅立った。よく晴れた日の朝だった。
徳川の義両親も元親たち姉弟の両親も共に他界して久しく、葬儀の喪主は元親が務めた。隣に座る家康は終始大人しく、その強張った顔は幼いながらに必死に現実を受け入れようとしているように見えた。泣かない毅さが痛かった。
火葬を待つ間、繋いだ手は頼りなく、温かく。
この時初めて涙を見せた小さな命を守りたいと、心から思った。
実を言うと、家康を養子として引き取りたいという申し出もあったのだ。相手は信頼のおける夫婦であったし、義理とはいえ両親揃っている方が家康にとっても幸せなのではとも考えた。
だが結局、元親はそれを断った。
自身も肉親を失った身。彼もまた、本当は繋がりを求めていたのかもしれない。
「アニキすんません、お先に失礼しやす!」
「おう、お疲れさん」
掛けられた声に反射的にそう答えてから、元親はパソコンの画面に長いこと集中させていた視線をやっと外した。目を閉じ眉間を指で押さえると、予想以上に疲れを感じる。少し没頭しすぎたか。
先ほどまで夕日が滲んで赤く染まっていた窓ガラスは、いつの間にか色を失い薄闇の中に沈んでいる。腹減ったな、と腹に手をやりながら見上げた壁時計は18時45分を指していて、元親は今朝と同じように飛び上がった。
延長保育は19時までで終了なのだ。厳しい園だと、少しでも時間を過ぎた場合は以後延長保育が受けられなくなることもあるという。幸い、家康を預けている上杉保育園にはそういう規則はなかったが、遅れれば迷惑を掛けることに変わりはない。
慌ててデータを保存し、パソコンの電源を落とす。乱雑な机の上はそのままに廊下へ飛び出し、小走りでエレベーターホールへと向かいながら携帯を取り出した。連絡だけでも先にしておかねば。
呼び出し音三回の後、出たのは弾むような若い女性の声。
『はい、上杉保育園です』
「あ、お世話になってます。たんぽぽ組で徳川家康をお願いしている、長曾我部と申しますが」
『ああ、家康くんの!どうされました?』
「すみません、今からそっちに向かうんですけど、もしかしたら五分くらい遅れ……や、飛ばせばギリギリ間に合うか……?あー、とにかく急いで行きますんで!」
言うだけ言って切ろうとすると、電話の向こうから慌てて何事かを叫ぶ声がする。すんでのところで耳に戻し、続きを促した。
「はい?」
『いけません!急いで事故にでも遭ったら大変です!』
「……はぁ」
『わたしはまだしばらくいますから、そんなに急がなくても大丈夫ですよ。安全運転で来て下さいな☆』
迷惑がられるくらいの心構えでいたのに、随分あっけらかんと言われて調子が狂う。しかしおかげで、時間に追われて切羽詰まっていた心に余裕を取り戻せた気がした。
「じゃ、お言葉に甘えて」
『はい、お待ちしてます♪』
今度こそ携帯を切って、エレベーターの下りのボタンを押す。
――――あ。今の先生の名前、聞き忘れちまったな。
一階からエレベーターが上がってくるのを待つ間、そんなことを考えながら窓の外を見上げるその口元には、いつしか笑みが浮かんでいた。
結局、閉園時間から遅れること十分弱。元親が保育園の前に車をつけると、白と水色を基調としたその建物は不気味なほどの静寂に包まれていた。朝の登園時の賑やかさが嘘のようだ。
半分閉められた門を抜け、玄関を潜る。誰もいない。入ってすぐの、いつも園児たちがお迎えを待っているホールは照明が落とされ、廊下の向こうにぽつんと明かりが灯っていた。
なんとなく大声を出すのは憚られて、元親は靴を脱いで勝手に上がり込むことにした。一歩進む度、靴下越しにひたひたと床の冷たさが伝わってくる。
真っ暗な部屋を二つ通り過ぎ、突き当たりの部屋の前で立ち止まった。引き戸のドアは開け放たれていて、廊下に光の帯が伸びている。それを遮るように立って中の様子を伺おうと身を屈めると、勢い良く出てきた何者かとまともにぶつかった。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
一般成人男性と比べてもかなり体格の良い元親はびくともしなかったが、小柄な相手は反動で吹っ飛びそうになる。咄嗟に手首を掴んで支え、安堵に一息吐いたところで、初めて元親は目の前の人物が女性であることを認識した。
年の頃は二十歳くらいだろうか。焦げ茶色の髪は天使の輪を頂くボブカット、全体的に華奢な体つき。服装はポロシャツ+カーゴパンツにエプロンと、動きやすさ重視の飾り気のないものだったが、纏う雰囲気から育ちの良さみたいなものが滲み出ている。
大きな瞳が印象的で、今は影になって判別できないその色を、何故だか無性に知りたいと思った。
「あ、の……?」
「ん?………っとあっ!?ワリィ、じゃなかったスンマセン!!」
一瞬、完全に素になっていた。
掴んだままの手首を慌てて放し、平身低頭で謝ると、彼女はくすくすと可笑しそうに笑った。
「いえ、こちらこそ。ええと、長曾我部さんですか?」
「あ、ハイ。遅くなりまして」
「お仕事お疲れ様です。家康くん、寝ちゃったんですよ。泣き疲れたみたいで」
「え!?」
予想外の言葉に、元親は耳を疑った。促されて部屋の隅に敷かれた小さな布団を覗き込むと、すうすうと寝息を立てる家康の頬には確かに涙の痕が残っている。
家康というのは本当に手のかからない子で、性格は穏やかで我慢強く、滅多に我が侭も言わない。そしてあの火葬場以来、泣いたのを見たこともなかった。
「泣いたって、なんでまた……」
「いつも遅くまで残って一緒にお迎えを待ってるお友達が、今日は偶々帰りが早くて。多分、それで寂しくなっちゃったんじゃないかと……」
がらんとした部屋の中を見渡してみる。周りが夜に呑まれていく中、ここだけ煌々と明かりが点いている様はまるで取り残された離れ小島のようだ。
友達は次々と去り、迎えは一向に来ない。どんな思いで待っていたのか。
冷水を浴びせられた気分だった。
家康の聞き分けの良さに、胡坐をかいていたのではないか?
知らず知らず無理をさせ、ずっと寂しい思いをさせていたのでは?
後悔の念が渦のように頭をぐるぐると回る。ともすればどこまでも沈んでいきそうな心。
それを掬い上げたのは、柔らかな優しい声だった。
「もとちかさん」
「えっ!?」
「いきなりごめんなさい、あなたのお名前ですよね?家康くんとお話してると、よく出てくるんです」
「ああ、そういう……」
いきなり下の名前で呼ばれて動揺したが、嫌な感じはしなかった。
むしろ――――いや待て何の話だ。
「家康くん、いつもすごく楽しそうに話してくれるんですよ。あなたと何して遊んだとか、どこに行ったとか。それを聞く度にわたし、ああ、この子はたくさんの愛情を注いでもらってるんだなーって思ってました」
「……………」
「大丈夫です。愛情が足りないなんて、そんなことないです。ただ、ちょっと我慢慣れしているところがあるので、ほんの少しだけでも一緒の時間を増やしてあげると良いと思います」
「………あんた、人の心が読めるのかい?」
「ふふ、顔に書いてありましたよ☆」
光の下で見る瞳は、琥珀色をしていた。その双眸を細めて、彼女がふわりと笑う。
綺麗な笑顔だと思った。
「うー…んン?」
衣擦れの音をさせてもそもそと起き上がったのは、噂の張本人だ。まだ半分夢の中にいるのか、布団の上に身を起こした状態で窓の外をぼうっと眺めている。
元親は布団の傍らにしゃがみ込み、逆立った黒髪をわしゃわしゃと無造作に掻き回した。
「起きたか家康ー!遅くなっちまって悪かったな!」
「あっ、もとちか!」
寝起きでぼやけていた顔が、元親を視界に捉えて嬉しげに弾ける。伸ばされた両手の求めるままに抱き上げ立ち上がると、元親は眼下の焦げ茶に深々と頭を下げた。
「ども、いろいろご迷惑おかけしました」
「いえいえ、これくらいバシッと御安いご用ですよ♪」
妙な擬音の使い方と、頼もしげに胸を叩く仕種が可笑しい。可笑しくて可愛い。
胸にじわりと宿る熱に後押しされるように、元親は高らかに言い放った。
「よっしゃ、帰るか!」
「おー!」
玄関口で振られる繊手に片手を上げて返し、車に乗り込む。暗くてその表情までは見えなかったが、きっと彼女は朗らかに笑っているのだろう。
シートベルトを締めるのにもたつく家康を手伝ってやってから、エンジンをかける。シフトレバーをPからDに入れ、ブレーキペダルから足を離す直前にもう一度振り返った玄関。そこには既に誰もいなくて、妙にがっかりしている自分に気付いた。
車が走り出すと、家康が今日の出来事を身振り手振りを交えて報告してくれる。お弁当を全部食べたこと、エビフライが美味しかったこと、新しく習った歌のこと、友達と一緒に砂場で遊んだこと。それに相槌を打ち笑い声を上げ、大いに会話で溢れる車内であったが、信号待ちの間にふっと沈黙が訪れた。
赤い光を見つめながら、元親がぽつりと零す。
「………良い先生だな」
「うん?」
「さっきの……いけね、また名前聞き忘れちまった!名札、つけてたっけか」
「つるちゃんせんせいのことか?」
「おお、あれが“つるちゃんせんせい”か!」
つるちゃんせんせい。家康が所属するたんぽぽ組の担任で、これまで家康の話にも度々登場している人物だ。
しかし実際に会って話したのは、今回が初めてだったりする。というのも、上杉保育園には元親の友人である前田慶次という保育士がおり、朝晩慌しく行われる引渡しは大抵この男を通してやっていた為、接する機会がなかったのだ。
必要なことは、各自持たされている連絡帳に書いてある。それだけでは足りないこともこれから徐々に増えていくのだろうが、新年度が始まって一ヶ月ちょっとの今現在、まだ特に不自由を感じたことはなかった。
そんなわけで、近いようで遠い。けれど遠いようで近い。元親にとって、“つるちゃんせんせい”とはそんな不思議な存在であった。
そういえば、彼女について一度こんな会話をしたことがある。
『なぁ、なんで“つるちゃんせんせい”なんだ?』
『おっほーりせんせいはよくないから、つるちゃんせんせいにしようとみなできめたのだ!』
『えっ、今時の保育園って、担任を園児が決めるのか!?……てか、オッホーイ先生ってナニ人?』
『しらない』
『ふーん。で、その“つるちゃんせんせい”にした決め手は何だったんだ、家康』
『そのほうがかわいいからだ!』
『可愛いのかマジか』
思い浮かべるのは、先ほど会った彼女の姿。
「あー、うん。確かに………うん」
「もとちか、あおだぞ!」
「おわっ!?」
慌てて車を発進させる。後続車がいなくて良かった。
気恥ずかしさから必要以上に注意深く辺りに目を配りながら、ハンドルを右へ切る。出動帰りだろうか、信号待ちの列にサイレンを切った状態の消防車が並んでいて、家康が歓声を上げた。
家康は乗り物やロボットの類が好きだ。男の子なら普通のことなのかもしれないが、元親は機械好きな自分の影響も少なからずあると思っている。元親がバイクの手入れをしていると、その様子を飽きもせず興味津々に眺めているのが良い例だ。
消防車との思わぬ遭遇に興奮しきりの様子に、笑みが零れた。こういうところはとても子供らしいのだけれど。
『ちょっと我慢慣れしているところがあるので』
重い言葉だ。改めて指摘されると、応えるものがある。
しかし、それでも。
「家康」
「ん?」
「明日っから早起きするからな」
「なんでだ?」
「余裕あった方がいいだろ?ゆっくり話もできるし」
「ホンダムごっこもできる?」
「はっは、できるできる」
「やったぁ!」
ほんの少しだけでも一緒の時間を、と彼女は言った。
できることから始めていこう。
家までの見慣れた景色が、窓の外を流れていく。
僅かに開けた隙間から入り込む夜の風はまだ少し冷たくて、吸い込む胸の内、廻る頭の中から澱みを消し去っていくようだ。
何かが動き出した――――そんな予感に心ざわめく、新緑の季節のことだった。
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