ちか　と　つる

ついったにて書き殴った、新米刑事鶴ちゃんなお話。
好きな刑事ドラマは『あぶない刑事』と『デカワンコ』という人間が書いてます。つまり、ゆるいです。

≪　デカミコ　≫　しずくいし

色を失った世界、しかし鶴姫の意識は既にそこにはなく、彼女の“目”は別のものを見ていた。
一人の男が追い詰められ、必死の形相で逃亡を図る。それを阻む同僚の姿、男の手首に掛かる手錠の鈍い光。そして悔しげに上がるその、顔。

「見えました！！」

突然叫んだ鶴姫を、捜査会議中の面々がぎょっと振り返った。
「Ah …一応聞くが、何がだ？」
捜査状況を報告していた政宗が、こめかみを引き攣らせながら尋ねる。
「もちろん犯人ですよ！犯人は、この――――最上さんです☆」
一枚の写真をビシッと指差し言い切った鶴姫に、元親が素っ頓狂な声を上げた。
「おいおい、本気で言ってんのか？そいつぁアリバイもしっかりしてるし、ガイシャとの面識もほぼゼロだぜ？」
「でも犯人です」
「犯行の動機は？」
「わかりません！」
「……証拠は挙がってんだろーな？」
「ありません！」
「ＯＫ、よーく分かった……」
地の底を這うような、低い低い声だった。怒り出す前の前触れだ。
独眼流と呼ばれ恐れられる男の気性を理解する同僚達は、皆一様に耳を塞ぎ距離を取った。

「警視総監の娘だかなんだか知らねーが、こちとらお遊びでやってんじゃねぇんだよ！証拠も何もなしに勘だけで逮捕できるほど甘かねぇ、You see！？」



捜査会議の後、自販機の置かれた休憩スペースでベンチに腰掛け、しょんぼりと肩を落とす栗色の頭を元親は手帳でぽんと叩いた。
「痛いっ！」
「バーカ、怒られてやんの」
「むうう」
涙目で見上げられて、ぐっと詰まる。詰まった分を溜息で吐き出し、小柄な体の隣にどっかと腰を下ろした。
「ま、しゃーねーな。普通はああなる」
「……本当ですもん………」
宥める元親に、拗ねた口調で呟く。どうやら反省しているわけではないらしい。
あれだけ派手に雷を落とされて尚、意思を曲げないとは。その強情さは一見稚拙にも映るが、そこまで強固に主張する何かがあるのではとも思えた。
「なぁ、なんでそんなに頑ななんだよ」
「だって見えたんです」
「え！もしかしてあんた、現場にいたのか！？」
「いえ、そうじゃなくて……」
そこまで言って、鶴姫はそれ以上説明したものか躊躇った。
自身に先見の能力が備わっていることに気付いたのは、もう随分昔のことだ。小学校へ上がる少し前くらいだったろうか。もっとも、その頃はまだそれが先見とは気付かず、普通の人が立眩みを感じるのと同程度の一現象という認識でしかなかったが。
それを鶴姫にはっきりと意識付けたのは、同じ“目”を持つ祖母だった。そして幼い鶴姫に、特殊な力を持つ者としての心構えと、起こり得る危険について繰り返し言い聞かせたのだ。
元親を見る。途中で切った言葉の続きを真剣な眼差しで待っている、この男が悪い人間ではないのは分かっている、けれど。
「……いえ、すみません。やっぱりわたしが間違ってました」
きっと信じてもらえない。
今までの経験から、諦めにも似たもどかしさを呑み込んで、鶴姫は早口にそう告げた。
俯く娘の横で、男がぽんと膝を打ち立ち上がる。
「よし、行くぞ鶴の字」
「？」
「最上だったな。まずは身辺調査からやり直しだ」
「……え」
呆然と見上げる鶴姫の視線の先で、元親は悪戯の成功した少年のように破顔した。
「どうせ大した有力情報もねーしな。いっちょ目線を変えてみるのも悪かねぇ」
「……はい！」
何の根拠もない自分の言葉に耳を傾けてくれた、そのことが単純に嬉しい。
鶴姫は今はいない、記憶の中の祖母に晴れやかに笑いかけ、大股で歩き出す元親の後ろを小走りに追った。

[4回]